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高見幼稚園とマーチングの歴史 音のバトンタッチ 64年続いたマーチングから新しい音楽への学び

( 登場人物 )

  • 岡野先生の写真

    マーチング指導 岡野先生

  • 栗原先生の写真

    音楽指導 栗原先生

64年続いたマーチングから
新しい音楽への学び

1961-2025 Takami Kindergarten Marching

昨年、64年間の歴史に幕を下ろした、
高見幼稚園の「マーチング」。

昭和36年の鼓笛隊結成から始まったその歴史はそのまま、
音楽を大切にしてきた高見幼稚園の歩みとも言えます。

昭和62年に、より難易度の高いマーチングへと変化し、
また今再び、時代に合わせた新たな学びの形へと進化を遂げようとしています。

そこでこの節目に、マーチングの思い出を振り返りたいと思います。

Interview 2026.06

今までのマーチング活動と
これからの音楽活動について対談

マーチング活動を長年支えてきた岡野先生と、
高見幼稚園の卒園生で10年前から
音楽指導にも携わっている栗原先生のお2人に、
高見幼稚園と幼児期の音楽について、自由に話していただきました。

マーチングとの関わりについて

岡:

私がマーチングに出会ったのは、この幼稚園で再び働き始めた平成5年です。最初に高見幼稚園につとめだした頃、鼓笛隊の活動はありましたが、マーチングはまだ結成されていませんでした。再就職を前に、年長さんたちの練習風景を見せていただいた時、その高度な内容にびっくりしたことを覚えています。しかもそのマーチングの指導は、主任を務める私の仕事と聞いて、本当にできるのか心配でした。が、結局それから33年間にわたり、マーチング指導に携わらせていただきました。

栗:

私はこの幼稚園出身で、ちょうど岡野先生がここで主任として働き始めて2~3年目というときに、マーチングに出会いました。その頃すでにマーチング全盛期。先生方の指導にもかなり熱が入っていて、幼稚園児にとっては、かなりハードだった為、時には涙したりしながら、一生懸命取り組んでいたような記憶があります。

岡:

そうですね。以前は年中さんも運動会が終わった頃から練習を始め、3学期の生活発表会でマーチングデビューをしていました。そして年長に上がると、ほぼ毎日練習をしていたと思います。

栗:

はい。幼稚園に着いたらすぐ楽器の練習を始めて、1日中マーチングの練習だったという記憶です。その頃の高見幼稚園は、フェスティバルに出ては毎回賞を取っていく、そんな存在で、私が通っていた頃も金賞をもらいました。

岡:

あの頃はすごかったですね。全国的にも、マーチングに力を入れている幼稚園がけっこうありました。栗原先生はキーボードをしていましたよね。

栗:

ピアノを習っていたので、キーボード担当でした。何がつらいって、とにかく楽器が重たいんですよね。マーチングは歩きながら演奏するため、太鼓もキーボードも、みんな自分の楽器を身に付けなければならないから大変。近所のグラウンドで屋外練習する時も、自分の楽器は自分で持って歩いて行っていました。

岡:

本当に、あの頃は体育会系でしたね。時代とともに変わっていきましたが、当時のみんなはよく頑張っていたと思います。子どもたちはすごい!たくさんの感動をもらいましたね。栗原先生はどんな曲を演奏したか覚えていますか?

栗:

『威風堂々』です。今でもよく覚えています。練習は大変で辛かった記憶ですが、一方で終わってみれば、私にとってこれが自信につながっているのも事実。大変な練習を乗り切ったという経験が根底にあるから、その後、どんなことが起きても乗り越えられると思うことができました。

岡:

そんな風に思ってもらえて良かったです。高見幼稚園での音楽との出会いが、その後の進路に影響を与えたと思いますか?

栗:

そうですね。もともと音楽は好きでしたが、高見幼稚園でマーチングを経験していたので、音楽が日常に根付いた気はします。小学校に上がってからも合唱部に入り、中学では北九州市の少年少女合唱団に入って活動しました。結局ずっと音楽と歌がやめられず、大学も音大に進学しました。

岡:

そうして音楽の先生として高見幼稚園に戻ってきてくれたんですよね。私自身、長年指導してきてその教え子が指導者として現場に帰ってきてくれたことはとても嬉しく、マーチングを通じてそんな場面に出合えたことは私の大切な宝物です。さらに10年前からは一緒にマーチングの指導にもあたってくれて、本当に頼もしかったです。

栗:

ありがとうございます。私の音楽家としての人生の原点は、この幼稚園とマーチングにあるといっても過言ではありません。

幼稚園児にマーチングを教えるということ

栗:

4歳や5歳の子どもに楽器の演奏と隊形移動の両方を教えていくのは、並大抵のことではありません。しかも未経験の中での指導は大変ではなかったですか?

岡:

最初は見よう見まねから始めました。基本的なことは前任の方から聞いていたので、それをどう実践するかでした。もともと私自身音楽が苦手だったので、逆にできない子の気持ちはよくわかるんです。だから、どうしたらわかってくれるかな、ということを考えて接していました。

栗:

そこから33年間教え続けるのはすごいことだと思います。特に教えるのが難しかったのはどういうところですか?

岡:

隊形移動が本当に難しく、演奏とガーズの動きが互いに調和して1つの作品を作り上げるため、ハードルが高いですよね。お部屋での練習までは上手にできても、外に行くと「あらら…」みたいな。とにかく合わせるのが大変でしたね。

栗:

昔は練習時間も長かったですよね。朝も放課後もやっていたような。

岡:

朝のバスが早く到着した子は朝練習して、そうじゃない子は帰りのバスが出発するまでの時間を使っていました。

栗:

でも、先生はどちらも見られていたわけですよね。

岡:

そうですね。私は朝も放課後も、ピーク時は1日中マーチング漬けでした(笑)。でもやり始めるとすごく楽しく、とても充実した時間を過ごさせていただきました。私も栗原先生と同じく、ここでマーチングに出会わせてもらったおかげで今があると思っています。この33年で約1600人の子どもたちに関わってきました。つまりそれだけ多くの子どもたちから感動をもらったという感じです。こんな経験をさせていただき本当に感謝です。

栗:

毎年毎年、違う子どもたちと向き合うわけですから、本当にすごいことです。

岡:

巡り合った子どもたち全員に感謝しています。ただ時代とともに、練習時間をあまり長く取れなくなっていきました。短時間でいかに充実した時間にするかが課題になってきました。

栗:

確かに。昔は泣きだしてしまっても、なんとかできるようになるまで頑張らせようとしていましたが、令和の時代は「やりたくない」という子どもを無理強いすることはせず、「やりたいと思ったらまた来てね」みたいなスタイルに変化しましたね。

岡:

練習へのモチベーションもだいぶ変わってきました。頑張ることが美徳の時代は終わったんだなと感じます。個人的にはその変化にさびしさもありますが、それでも卒園する時には、「マーチング楽しかった!」と言いにきてくれる子どもがたくさんいるので、本当に報われます。

栗:

今の社会は、子どもも1人の人格として見ていこうという流れ。それ自体はとても歓迎すべきことだと思います。ただ、自主性や個性を大事にしながら、同時に4〜5歳児にマーチングを習得させるというのは時代的にかなり難しくなっているなと感じています。

岡:

あとは「暑さ」の問題もありますね。昔より確実に屋外活動はしづらくなっています。グラウンドを借りて行う練習では、指導する側もヘトヘトになります。大人も子どもも熱中症で倒れたりすると大変なので、ここ数年は確実に練習量も減ってきました。

栗:

それでも、なんとか進めていくと、だんだんできなかったことができてくるんですよね。その過程で、子どもたちが自信を持ち始めるのがわかって。「わたしたち、こんなにできるんだ!」っていう思いが演奏に表れていくのは、見ていて本当に嬉しいです。

岡:

やはり毎日少しずつ練習を積み重ねていくことが大切。そして、それは確実に形になって現れます。

栗:

そうそう。練習が昨日より上手になったねと、そういうところを褒めて、だんだん上達していく嬉しさを実感してもらい、小さな成功体験を積んでいく。

岡:

リハーサルや本番では見違えるほど上手になるというパターンも多いですよね。「えー!昨日まであんなにバラバラだったのに?」と、栗原先生ともよく顔を見合わせていました。そういうときって、子ども同士の団結力が不思議と高まっていて、心が1つになっていて、本当にすごいと思いました。

805-0012 北九州市八幡東区川淵町3-23
高見幼稚園
TEL : 093-651-4246
たかみBeBe
TEL : 093-654-7222
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